生前、母の希望どうりに僧侶も呼ばず、近親者だけで『おわかれ会』をセレモニーセンターで行った…。通夜もなく葬儀告別式もない一日だけの家族葬。
祭壇も無いかわりに、皆が花をははの棺の中に手向ける。
生前の母はたぶん私のことを思って、私の負担にならないように考えてくれていたのではないだろうか…。
通常の葬儀と違い、新聞訃報欄も出さず、本当の兄弟と子供、孫、近親者だけの小人数だけで、生前のエピソードを交えて、精進料理の簡単な和やかな『おわかれ会』となった。
妹が母の希望を聞いていてくれて、しっかり段取りを組んでくれた。
喪主は私だが、母の弟である叔父には特に世話になった、ありがたいことだ。
荼毘に伏されて、小さな箱になってしまった母…今は誰も居なくなって、一人ぼっちで部屋にいる、遺体ではあるが今朝まで母が隣部屋にいたのとは大きな違いがある…。
母は「自らが死んだ後に子供に負担を負わせたくない。」と考えてくれていたのは、まず、まちがいないだろう…。
今更ながら母の愛情に感謝せんばかりだ。
BGMに20年前に作った『剣岳賛歌』を流した。音楽を母に手向けたつもりだった。
元日から一年も経った気がする。
母が亡くなって泣いたのは、亡くなった直後に無言の帰宅をした時だけだった…。
「正月帰宅もさせられなかった、だらしない息子を許してください。」
そんな涙だった…。
たしなめられたが、無言の帰宅をさせてしまった自分に情けなくてしかたがない。
今更、自分を責めてもしかたがないのは分かっているが、まさか…こんなに急に逝くとは思わなかったから、自分を責めてもしかたがないのも分かっているが、ナサケナイ自分を責めないではいられない心境の現在である。
投稿者: 千田佳生
前ブログでのコメント
返信削除投稿者:千田佳生2015/1/12 21:05
まるほ 様
コメントありがとうございます。
母との最後の会話は、「明日、また来るからね。」に、母は「ありがと。」でした。
最後の言葉が美しい日本語で救われた気持ちがしています。
投稿者:まるほ2015/1/12 18:04
昨晩お母さんの事知りました・・・心よりお悔やみ申し上げます。
投稿者:千田佳生2015/1/11 18:44
これからが踏ん張り処だ。
これも乗り越えなければならない波!
悲しみに浸っていても母は喜ばないだろう!
投稿者:千田佳生2015/1/11 18:24
荼毘に伏される直前に、何度も何度も母の顔を撫でた、叔父に止められるまで…。
本当に母に触るのは本当に最期だと思うと、手櫛で母の髪を分けた感覚は、今もなを自分の指に残っている。
「お母さん、これで安らかになったね。」
そう思うことにしよう。自分自身の為に。