駅地下ストリートにて、通勤通学帰りの人々、階上の方で制服姿の高校生に「警察官が巡回してるぞ、見えるところでタバコはやめときな!」…と、注意!
高校生にとって大人の見えるところでのタバコは「度胸試し」みたいなもんだろう…。それから吸い殻を片付けない連中ばかり、たまに清掃、ゴミ袋に吸い殻を集めてから演奏する。ジャズ大好きな上品そうな老女、失礼! ご婦人のために「君の思い出」「ナウザタイム」
カントリーですが…。と言って 「テネシーワルツ」深々お礼をされ、帰っていかれた…。今日はスローでムードのある曲を…。と思ってたら、目の前に女子高生!(正直一番苦手!)「ゆず」とか「コブクロ」とか知らないし、やりたくない。(個人的には「ゆず」は佳曲が多く大好きだ。)
「オギヨディオラ」を歌いながら、何だか暗そうな女の子だな…。と、思いながら次に、「meery」をインストールメンタルで引っ張って、歌いだしてしばらくして声をあげ泣き出した!(号泣)
「!!」演奏中止…。一分後…。声をかける…。
私「どうした…。」女子高生「すいません、何でもないです。何故か泣けてしまって…。音楽続けてください…。」
私「……。」こう派手に泣かれたら演奏なんて出来ない。
彼女は座り込んで泣いている…。
私「まぁ落ち着いて、 ちょっと待って て…。」缶コーヒーを買ってきて差し出す…。
ようやく落ち着いて…。
女子高生「演奏中止させてすいませんでした…。」
どうやら真面目で大人しい子らしい…。
私「どうしたの?」と聞くと…。
女子高生「何だか分からないうちに泣いてしまって……。ごめんなさい。」ごめんなさいを何度も言う…。
私「気にしなくて良いよ…。」
多感な頃の感受性の強い女の子はこんなことがあるものだ…。しかし表情が暗すぎる、といって、訳を聞くわけにもいかない…。ようやく落ち着いてきて…。
女子高生「誰の曲ですか?」
私「韓国の曲で オギヨディオラ っていう曲と、 私の曲で meery っていう曲だよ…。」(「優しいmeeryへ」を改題。)
曲の意味を聞かれ少しあせったが…。
しばし雑談の後泣いた、もうひとつのワケをほのめかしたはじめたから、わたしは…。
「学校に行きたくないなら行かなくて良いんだよ…。」と、言うと、そんなこと出来ないという、彼女の頭の中でがんじがらめらしい。
私「一度に何もかも解決なんてできやしないよ。一つ一つ解決した方がいいよ。」
私が「死ぬほど無理してまで学校に行かないで良いんだよ」、って言ったことは…、彼女にとってはリアリティが全然ないらしい。
子供達も毎日が必死なのだ…。
彼女はめぐみちゃんと言って、「めぐみ」と「meery」を聞き違いしたらしい…。
今時の女子高生にしては地味で大人しい感じで、おそらく校則どおりの服装だろう…。
彼女の為に色々弾いた、音楽は好きだけど何も出来ないという、それはみんなそうだよ…。
「おじさんって毎週やってるんですか?」…に、
「いやあ気まぐれだよ…。」と、言うしかないルーズな自分、ストリートは定期的にやったら楽しくない気がする。彼女はお礼して帰っていったが…。
最後に、「自分を追い詰めてがんばるやり方は限界があるからね…。やれることをやるだけだよ…。それだから上手くいくんだよ。」自分にいつも言う言葉を彼女にも言った。ディランの言葉だが本当にそうだ…。
マイペースで、めぐみちゃんが生きていけますように。
最後にもう一度「meery」を弾いた。
若い女の子はそれだけで 本当にかわいい…ものだ。 毎日必死でがんばるめぐみちゃんの頭をHUGしてやりたかった…。
(警邏中の警察官に見つかったら淫行現行犯だ。…ろうか?)
「やれることをやるだけさ、だから上手くいくんだよ…。」帰り道このフレーズが頭を離れなかった。
前ブログでのコメント
返信削除投稿者:千田佳生2006/11/24 16:22
めぐみちゃんのご両親様へ。
彼女はあなたがたご両親様のこともきにかけ、頑張ってかなりな無理をして学校に行っている印象でした。
無責任に感じるかもしれませんが…。ものすごくツラいようなら、「行かなくていいよ。」と、言ってあげてください。
投稿者:千田佳生2006/11/22 5:58
Kiki 様
度々のコメントありがとうございました。
些細な違いや、目的地への道ゆきの違いはありますが…、 ほとんどの人たちが望むことにあまり変わりがないな…。と思うことが本当に多いと思う今日このごろです。
このブログは「ペダルスチール」という楽器奏者兼、シンガーソングライターの私が、どちらかというと演奏活動報告や、同好の音楽家を対象とするブログだったのかもしれませんが…。
ペダルスチールや私の音楽はあくまで、私の「思うこと」を変換して伝える手段かもしれないとこれを書きながら思っています。
私という人間がペダルスチールという楽器を「馬」に見立て、今までこの「馬」は人の集いの中、遠くの音楽家や良き心優しさ人、有名なミュージシャンとのセッション、などなど、どちらかというとあまり人間的に優秀ではない私を乗せて、人の中に駆け行ってくれました。
結果、カントリーミュージシャンという枠では収まりきらず、数々の脱線劇を続けています。その私の何処へ行くかわからない私の「旅」の道行きを、このブログを通じて見守ってやってください。
投稿者:kiki2006/11/21 16:21
返事がずいぶんおくれてしまいましたが、
たくさん、コメントありがとうございます!
また、私のために、歌いたいといってくださる気持ちには、とても感謝してます。ありがとうございます。
その、お気持ちだけで随分いやされる想いです。
私は、正直、音楽の事はよくわからないですし、詳しくもありません。
それでも、自分が聞いていいなとか、落ち着くとかはあります。
人それぞれに、好きな音楽はちがうでしょうが、いい音楽は、かならず、人の耳に残ると思います。
いつか、機会があったら、ぜひ、ストリートでお聞きしたいものです。これからも、自分のポリシーをもってがんばってください。
心配をおかけしましたが、私は、全然元気です。
めまぐるしく、生活しています。
今日、やれることにやれるだけやるしかないと思ってます。
投稿者:千田佳生2006/11/15 12:22
kiki様
最近とても悲しいことがあったとのこと、心中お察しします。 もしかしたらちょっとピントのずれた文面かも知れません。悲しい時を今過していらっしゃるkikiさんに対してできることなら、「生きていれば良いことあるさ」と何らかの形で歌って演奏して差し上げたい気持ちと言ったら、ちょっとわざとらしいと感じるかも知れませんが、お察しください。
投稿者:千田佳生2006/11/15 12:08
kiki 様 追記。
「いじめは無くならない。」教員の方々を含めて、ほとんどの人とそして私自身も…。しかし、私はそれを決して口に出して言いたくはありません。
なぜなら、今回の中学生の自殺も…。教員の「いじめゼロなんて絶対に不可能だ!」という現場プロ意識と暗黙の了解の上で出てきたことではないか?と思うからです。
「いじめゼロなんて絶対に不可能だ!」と失礼ながら、その言葉を言われたことに実は悲しくなります。 「いじめは自然淘汰」と誰かが言ったことを思い出しました。今世紀中の解決どころか、世界平和への永遠のテーマであり続けるでしょう。国家の間でのいじめ行為、私は単なるドリーマーなのかも知れませんが…。現場意識は「いじめはあり続ける。」に変えたほうが良いと思ってます。
最後に、私や他の音楽屋の「純情」を信じてください。他人から見れば、演奏力には長けているが中身の無い、または、kikiさん達の理念とは折り合わないと、映るかも知れませんが、「生きていれば…」を根底にあった上で叫んでいるのです。退廃的、享楽的、汚らしく感じる音楽も…。それを叫んでいるのです。
前ブログでのコメント
返信削除投稿者:千田佳生2006/11/15 11:12
KiKi 様
ストリートでの活動のスタンスを全く変えるつもりはありません。文面から演奏を研く手段も正直な感想です。
ただ…、人から見れば、鼻持ちならない言い方にとられるかも知れませんが…。
地下演奏の現実を永く演奏してきた自分にとって、空回りせずに良い音楽(演奏力が高い音楽のことではありません。)を生み出していくことに粘り強く一生かけて取り組むつもりです。
「生きていれば良いことあるさ…。」は共感しますが。それそのものを歌にすることもあるとは思いますが。「生きていれば…」は心の奥の奥の中で作品を創作していく理念としてばかりでなく、生きていく基本ですよね、私自身運動のための音楽をやる気は全くありませんが、人類が生きていけて、憎しみがなくなって、「心の平安」を地球上の全人類がいつの日か持ってくれたら良いなと思っています。
声に出して「生きていれば…。」とは言いせんが、私自身の「願い」そして私自身の作品と演奏に出しているつもりです。直接声に出して言わなければ解らないと言われてもしかたありませんが…。音楽屋の心を理解してくださるなら、わかってほしいことです。
投稿者:kiki2006/11/15 9:33
丁寧なコメント、ありがとうございます。私いじめは、根本的になくならないものとおもっています。私だって、人を死においやるまでの事はしてないつもりですが,些細ないじめを一度もしてないとは言えません。
たぶん、自分のきずかない所で、人を傷つけているかもしれません。
そんな私が言うのもなんですが、命を落とした子供達
は、これからどんな人とであうかも、どんないいことがあるかもしれなかったのにと思うと残念でなりません。
親の立場とすれば、これほど辛く悲しいことはありません。
私が親だったなら、なぜ、子供の様子にきずいてやれなかったのか一生後悔するでしょう。
自分の小さな周りの環境では考えらない厳しい現実のなかで、それでも、必死にいきている人だっています。
最近、とても苦しいことがあって、夜、一晩中泣きました。朝、腫れぼったい目で窓を開けると、朝日が、私を照らしてまぶしかったです。
その時に、太陽は、裏切らないと思いました。
こんな私にも皆と同様に、平等に毎日変わらずそこにある、とおもうと、今日苦しくても、明日があるさってなぜか、急にがんばろうと、元気がでてきました。
私は、死ぬほどの悩みではないのですが、人や物と触れ合ったときにあじあう感慨こそ人生の醍醐味なのではないでしょうか?
生きてれば、いい事あるさって歌ってもらえませんか
?ストリートで出会う人達は、縁があって出会うのだとおもいますよ。
音楽をみがく手段としてだけじゃなく、人の心に染みる音楽をぜひつずけていただきたいです。
生意気な事いって失礼しました。。。
投稿者:千田佳生2006/11/14 1:21
kiki 様 追記
おっしゃる通り、私も学校は必要だと思っています。ただ…。「死」を決意するくらいなら、行かなくて良いと思っています。
役人の「いじめゼロ」の隠蔽には、子供達がきっと、命と引き換えに問題を告発しようとして命を絶ったことを考えれば、役人の勤務評価の都合上隠蔽されたとすれば…?やりきれない思いがあります。
ストリートでの活動はまだまだ続けるつもりです。
まずは「良い音楽ありき」ですが…。
私の拙い演奏に感じてくれる人が意外と多いことに私自身、大感謝しています。
「やれることをやるだけさ。だから上手くいくんだよ。」
繰り返しますが…。
微力ながら、「心の荒廃」を食い止めるような音楽活動を少し、していけたら良いなと思っています。
投稿者:千田佳生2006/11/14 0:58
kiki 様
コメントありがとうございます。
私自身、ストリート演奏を続けていて、大変勉強させられることばかりです。人の考え方や感性は様々であることは無論、ストリートで演奏する前には…、見えない「人々の感情川」が流れてます。
立ち止まって聴いてくれる人、リクエストする人、大絶賛して泣いてくれた人、応援してくれる人、かと思えば…、聞こえよがしに「こんなとこでうるさいことしやがって!」と通り過ぎる人、ストリートそのものを嘲笑ってるミュージシャン、「こんなとこで演奏して金になんのか?」と、わかりきったことをわざと聞いてくる人、などなど…。
自分のストレスをぶつける人もいれば、共感してくれる人もいます。
ストリート演奏することで人々の感情の勉強をさせてもらっています。
我々ミュージシャンは常に現場に身を置いて演奏力の維持に務めています。私自身ストリートをやるのは「演奏力維持のため」の手段と考えています。
この間から「いじめ問題」などのメッセージを含んでる楽曲「ミスタースナフキン」などもやっていこうと思って、微力ながら歌い始めていたところでした。微力ではありますが「心の琴線」に触れる演奏をしていきたいと思っています。ありがとうございました。
投稿者:kiki2006/11/13 22:09
やれる事をやるって言う言葉、とても共感できます!
めぐみちゃんも、随分その言葉に救われたのでわないでしょうか。人は、人の心をどうにもできなかったりするけど、共感したり、勇気ずけたりはできますよね。
私は、学校は必要な場所だと思います。何にもなければ、行ったほうがいい所です。ただ、心が折れてしまったら、少し休んでもいいとも思います。そのときに、一番近くで見守るのは、家族です。家庭で癒されたら、大抵の事は、乗り越える事ができるのでわないでしょうか
?マスコミは、人をあおるような報道ばかりしますが、とても、がんばっている先生だっていらしゃるのです。
自分を大切にする勇気と、人をおもいやる心のバランスを、家庭や学校、社会でかんがえていきたいですね。えらそうな事かきましたが、私も、駄目親の一人です。
若い頃、学校にいけなくなって、その時のことがおもいだされますが、家族にずいぶん支えられました。
私も、子供を支えたいとおもってきましたが、逆に支えられています。自分ができることで、誰かの心を明るくできるなんて素敵なことです。これからも、演奏つずけてください。
投稿者:千田佳生2006/11/13 18:55
河村 様
お久しぶりです。ストリートで音楽をやっていれば…、いろんなことがありますね…。直接今回彼女が号泣したのは「meery」を「めぐみ」と勘違いして泣いたとのことですが…、いずれにしてもこの女子高生の「心の堰」にはいろんな思うことが満水状態で、私のスチールが彼女の「心の堰」を切ってしまった状態です。
昨今の「いじめ問題の報道」でも取り上げられてますが…、私の演奏を聞いて号泣したならば、まさか、「心のSOS」ではなかったか?と今は実は心配に代わってます。
彼女の「心の堰」の水門を開けたことで、なんとか少しでも、心の中を軽くしてあげられた状態だったらいいなと思います。
またきっと今度は明るい笑顔で会えると信じてます。
投稿者:河村2006/11/13 2:18
幸か不幸か音楽をやるとこのような(この例とは違うことが多いですが)場面に立ち会うことがあります。
いつも自分の内面を、と考えたりしてやっていますがこんなときは自分の内面の小ささを感じるときでも有ります。そして自分はわりと幸せだったんだと思います。
きっと何かを感じてくれたんだろうと思います。そんなときは二度と合えないかもしれないけど自分ができる精一杯の何かをしてあげたいなと思います。例えそれがあまり意味が無い事だとしても。
僕、最近心でやらんと駄目だなって思いました。
話しめちゃくちゃですみません。
誰かのために歌える時って幸せだなって思ったりもします。