この「南無阿弥陀仏」の五文字は…浄土宗の開祖、法然さんによって開発されたとのこと…「すべて阿弥陀仏におまかせします。」とのことである。
源氏と平氏の争いの時代に活躍された僧侶だ。
父親は漆間時国という役人で、詳細は省くけれど…夜襲を受け目に致命傷を受けて死の床についた彼は、父の仇を打つと父親の傍らで父に誓ったら、漆間時国は「絶対に仇を打ってはならぬ、仇を撃ったら、さらに相手は仇を撃ってくるであろう…お前は仏門の道に励め…。」
そう言って亡くなったそうだ。
修行を積み上げ、辿り着いた救いの道は「南無阿弥陀仏」に辿り着いたという…。
この時代の人々は「後生が恐ろしい」という観点から、「地獄に行きたくない」…という素朴な人々だったろうが、…例えば売春婦達が「どうすれば後生が救われるでしょうか?」の問いに…。
「それだけの覚悟があるなら、思いきってお辞めなさい、しかし生活面でそれが出来ないなら…ただただ、南無阿弥陀仏と生唱えなさい」
そういった精神安定剤も無い時代、法然さんはセラピストでもあったのだろう。
南無阿弥陀仏…はとなえられるのは、葬式の時くらいである。
投稿者: 千田佳生
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