一見。
以前の輪島市朝市通りと何ら変わり無く思えた。
しかし、サラ地になった場所が多いことに「ハッ」とする。
今更ながら被災された能登の皆様方達にお見舞い申し上げます。
輪島市朝市通りの演奏は三回目。
思えば..。
6年前、家族旅行で和倉温泉の帰り、輪島市朝市通りに立ち寄って、『塗太郎』のギャラリーにて『フエンダーストラトキャスター』の輪島塗りに目が点になり、「オーナーはミュージシャンではないか?」と想像したが、その通りだった後に、『塗太郎』のオーナー氏とセッションしたりする縁ができるとは…人生は面白い。
人生の縁を繋いでくれたペダルスチールに感謝である。
『塗太郎』オーナー氏経由にて2日間朝市通りライブ。
お年寄りと外国人さんと、女子中学生と中年の主婦にやたら受けている!
特に「トップ オブ ザ ワールド」の効果は大なり、カーペンターズはつくづく偉大だなあ…。
リズムをとる女子中学生さんや主婦。
「グレート!ビュールホー!」私は外国人さんのお年寄りと(若い外国人さんはあまりいなかったかも?)輪島市朝市通りのお年寄り(特にお婆ちゃん。)に受けは良い。
リクエストがまことによくかかる。
中年主婦から「ビートルズの『レット イット ビー』やってー!」や、輪島市のハワイアンフリークのご老人から『南国の夜』『ハワイアンウエディングソング』この方は「バッキー白方のスチールギター教本」など持って来られ2日間に渡ってライブを盛り上げて頂いた感謝でした。
向かいの用品店の80歳は越えているであろう、お婆ちゃんより『湯の町エレジー』『東京行進曲』なのに『東京ラプソディー』を演奏してしまう。
1日目の終わり『塗太郎』オーナー氏とスタジオにてセッション。
演奏する一連の曲が全部スムーズに行く、時間を忘れてセッション。
オーナー氏は今でもロックする純情を忘れていない「サンアントニオへ行こう。」でも「新しい海」でもピタリとくるのだ。
オーナー氏のギターは喜んでいるように思った。
しかし、朝起きた時には昨夜の弾きすぎで膝が笑っていた…。(苦笑)
ハーレーディビソンの何かイベントもあるらしく、通りすがりのハーレーディビソンのライダー達に「チャイナグローブ」(スチールで弾くとかっこいいんですよ!これがまた。
「魚持ってって!」っていう主催者に、「お気持ちだけいただきます。」発砲スチロールの『鰺』まるごと一箱くれるっていう主催者側に、さすがに輪島市朝市通りと思う。
しかし…。
元々我が町の商店街と変わらないくらいの輪島市朝市通りのお婆ちゃん達に、コレこそストリートの元祖だなあと思う。
それこそ全日本規模のネームバリューがあるのは、大したものだなあ…。
大量の干物、一夜干しを商っている、ばあちゃんもいれば、自分の畑で数個取れただけのピーマンを商っているばあちゃんもいる。
ここで昔「がきデカ」(作、山上たつひこ先生。…今は小説家だという。)で「輪島の朝市ばあちゃんだらけ。」っていうセリフをなぜだか唐突に思い出した。
しかし…輪島市朝市通りのBGMがラップやファンクっていうのは「ん~。実にシュールだなぁ~。」と思う。
輪島市の中学生の女の子達はさかんに金沢市に遊びに行ってるという…。意外だった。
同じ石川県とはいえ近くないぜ。
ここで『塗太郎』オーナー氏によると、「輪島市の若い女の子達は将来この町を出ることを前提に、この町で過ごす、半島の宿命やわいね…。」
少し淋しい言葉だった…。
それにしても輪島市朝市通りのばあちゃん達は日本全国にネームバリューを持たせたのだから実に偉大だ。
行政の観光の演出も良かったのかな…。
富山県でこれに匹敵するのは越中八尾の『風の盆』くらいだろうか…しかし輪島市朝市通りのように毎週ではない…。
さて、『塗太郎』オーナー氏に、「私も自信を持って朝市通りで演奏させられるグレードのミュージシャンに声をかけたんですが、『輪島市は遠いんです、すいません。』と言われちゃいましてねー。」と言うと…。
「絶対に朝市通りで演奏したくなるような通りにしたるわいね…。」
になぜかゾクッ!ときたのだった。
何か仕掛ける気なのだろうか?
いずれ輪島市の町を出る女子中学生達も町にいつか戻って、輪島市朝市通りでストリートしてほしいなとなぜだか思った。
正直言うと…。
干物の臭いが苦手な私はちょっとだけ困った演奏場所だったかもしれない(笑)
輪島市朝市通りの皆さんありがとうございました。
投稿者: senda
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